くらげたちへのレクイエム4

都内金融機関にて社会人7年目。 東京大学法学部卒。メインは読書記録を書いていく予定。▽キーワード:自己啓発、金融、野球、政治、M&A、競馬、AKB、大家志津香、異国のパルピタンテ、ヴィヴィアン・ゆん、dora☆dora、一色葵

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『抗争』 溝口 敦

有楽町の本屋で偶然目が止まり購入。
レジの横にあるということは、暴排条例施行で今一度「ヤクザ」とは何かが見直されつつあるということだろう。

筆者の主張は「抗争」があるからこそ暴力団が、暴力団でいられるというもの。
付近の住民にとっては迷惑千万な話であるが、抗争により与えられる「ヤクザ」は人を躊躇なく殺傷するという印象こそが、一般市民がみかじめ料を支払う最大の理由であると思う。


当然のことながら、私は暴力団を肯定するわけではないし、不要な存在であると思っている。一方で、『仁義なき戦い』や『アウトレイジ』といった映画にもなんとも言えない魅力を感じてしまうのも真実である。

何かの記事で読んだのだが、数十年前までは成人男性の最大の死因は戦争を含め人間によるものであったという。
現在は、幸運なことに法治国家が一定程度機能しており、殺人により命を落とす機会は稀である。
それでいて、「暴力団の抗争」に魅力されるのは暴力性こそが人の本性の一つである証左なのかもしれない。


本書の大半は、一度は聞いたことがあるような有名な抗争の経緯をただ羅列したのみである。そして、それぞれの事件は同じようになっている。
些細な抗争をきっかけとして、一方が相手の幹部を殺す。その報復が実施され、双方が自分の主張を維持するために抗争が激化していくのである。戦後の各事件の中心に居続けたのが、神戸の山口組であり、山口組を含めた大組織の動向や思惑が抗争の行方を大きく左右していく。

「ヤクザの抗争」は当時者にとって直接的な利益をもたらすわけではない。むしろ収入も途絶え、自分も家族も命の危険にさらされるというデメリットの方が甚大である。それでも、「ヤクザ」は面子・仁義・親子の絆(擬装的な血縁関係ではあるが)を重んじて抗争を続けるのである。
法治国家の日本において、彼らの論理は無謀なものではあることは間違いない。だが、無謀であるからこそ法治国家という狭い枠で生きている一般の男たちの心を打つのかもしれない。

近時の、暴力団による犯罪の厳罰化や警察の厳しい取締もあり、財政的にも厳しい状況が続いているとのことである。そんな背景もあってか、九州地方などでは犯人不明の発泡事件が増加している。
「暴力団」が市民に脅威を与える方法は変遷している。しかし、ヤクザの不変の本質は何なのかを理解しておくことは、反社会的勢力に対抗していくうえで有益であると思う。

満足度
☆☆☆★★



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  1. 2012/02/06(月) 23:28:15|
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  4. | コメント:0
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